ダビデとその兵が町に戻ってみると、町は焼け落ち、妻や息子、娘たちは連れ去られていた。
ダビデも彼と共にいた兵士も、声をあげて泣き、ついには泣く力もなくなった。
ダビデの二人の妻、イズレエルのアヒノアムとカルメルのナバルの妻であったアビガイルも連れ去られていた。
兵士は皆、息子、娘のことで悩み、ダビデを石で打ち殺そうと言い出したので、ダビデは苦しんだ。
だが、ダビデはその神、主によって力を奮い起こした。
サムエル記上 30:3-6
わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。
しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。
マタイによる福音書 19:29-30
本章はダビデの放浪物語のある意味でクライマックスである。
元々貧しい羊飼いであったダビデは、ペリシテ人の巨人ゴリアテを倒しイスラエル王サウルの家臣となり*1、イスラエル国の戦士の長となる。*2
が、サウル王の疑心暗鬼により謀叛を疑われたダビデは自らの命を救うために長い放浪の旅に出る。*3
放浪の旅の中、ダビデの元にはならず者たちが集い、ダビデは彼らの頭領となる。*4
そしてダビデは大きな決断をする。
祖国イスラエルの敵であるペリシテの王、アキシュに寝返るのである。*6
自分の命を救うためにペリシテに寝返ったダビデは、郎党たちとともに第二の故郷ともいえるツィクラグの街を得、一年四ヶ月もの間そこに家族ともども住み、元敵国であるペリシテに仕え続ける。*7
放浪の旅の中、安息を得たとも言えるダビデだが、彼はまた決断を迫られる。
イスラエル王サウルが率いる軍勢と、ペリシテ連合軍との戦いが来てしまったのだ。
ペリシテ王アキシュへの忠誠心を示すため、かつての主君であったサウル王との戦いを望むダビデだったが、ペリシテ人たちからすればダビデは元イスラエル人であり余所者でしかない。
ダビデは
「わたしが何をしたとおっしゃるのですか。あなたに仕えた日から今日までに、どのような間違いが僕にあって、わが主君、王の敵と戦うために出てはならないというのでしょう。」*8
とまでアキシュ王に述べ、かつての主君、サウルとの戦いを望むが、裏切りを恐れた他のペリシテ武将たちにより参戦を拒否される。
武勲を立てる機会を失ったダビデが根拠地の街ツィクラグへ帰ると、そこはアマレク人たちの略奪隊により焼かれ、兵士たちの家族は奴隷として連れ去られていた。
ダビデは窮地に陥る。
彼自身の妻も囚われていたが、仲間の家族もそれは同様である。
自分たちの街や家族を守れなかったリーダー、ダビデに対し仲間たちは厳しく、石で打ち殺そうとまで言い出す。
ダビデはかつて様々なものを持っていた。
イスラエル王サウルの家臣であるダビデ、イスラエル軍の戦士の長であるダビデ、郎党の頭領であるダビデ、妻の夫であるダビデ、ツィクラグの街の領主であるダビデ、ペリシテ王アキシュの家臣であるダビデ。
その全てを失った時「ダビデは苦しんだ。
だが、ダビデはその神、主によって力を奮い起こした。」*9のである。
*1:サムエル記上17章
*2:ダビデは、サウルが派遣するたびに出陣して勝利を収めた。
サウルは彼を戦士の長に任命した。
このことは、すべての兵士にも、サウルの家臣にも喜ばれた。
サムエル記上 18:5
*3:サムエル記上20章
*4:また、困窮している者、負債のある者、不満を持つ者も皆彼のもとに集まり、ダビデは彼らの頭領になった。
四百人ほどの者が彼の周りにいた。
サムエル記上 22:2
*5:サムエル記上25章
「このままではいつかサウルの手にかかるにちがいない。ペリシテの地に逃れるほかはない。
そうすればサウルは、イスラエル全域でわたしを捜すことを断念するだろう。
こうしてわたしは彼の手から逃れることができる。」
サムエル記上 27:1
*7:その日、アキシュは彼にツィクラグを与えた。
こうして、今日に至るまでツィクラグはユダの王に属することになった。
ダビデがペリシテの地に住んだ期間は、一年と四か月であった。
サムエル記上 27:6-7
*8:サムエル記上 29:8
*9:サムエル記上30:6